書くテーマ

ページをシェアするんじゃなくて、文章そのものをシェアしたい。些細な違いかもしれないけど、そんなこだわりがあっても良い気がする。

僕はこのようにブログを書いてはいるけれど、コンテンツの集合体としてブログを運営していこうみたいなモチベーションがあまり無い。例えるなら、本を綴っているのではなくて、一枚の紙に走り書きしているような感じ。その時々で、思ったこと、感じたことを、文章として書き出すことが出来ればそれで良いというような、割り切った感覚で使っている。

そんなスタンスでやっていると、記事を書いてそれをシェアする時、ブログタイトルがドンと入って、様々なページへの導線があって、ブログの全体の雰囲気を決めるデザインがなされていて、みたいな、ブログの一部としてのページは、シェアする対象としてちょっと重く感じたりする。記事を見せたい場所なのに、記事そのものよりブログタイトルを含むヘッダ部分のほうが、情報設計上、高いレベルになっている事への違和感だろうか。このブログがどういうタイトルだとか、どういうテーマなのかは、この際どうでも良くて、僕は、いま書いたこの文章だけシェアできれば、それで十分なんだ。

だから、このブログはものすごく割り切った見せ方にしている。余計なものはなく、文章をただ、丁寧に書けて、丁寧に見せる、そんなデザインを目指してみた。

有り難いことに、このデザインでブログを書きたいという要望を頂いたので、はてなブログのテーマストアで公開することにする。整然と記事が並ぶ書籍ではなく、書き散らかした文章が雑然と積み上がっているような、偏ったデザインのテーマだけど、興味がある方は使ってみて欲しい。

まだまだ改善の余地はあるけど、盆栽を愛でるようにじっくりと育てていきたい。

後ろを振り返る

終わっていく感じがする。

やりきった事、やり残した事、いろいろあったけど、とりあえず一区切り。今日は、会社の納会に参加しつつ、今期の自分を振り返ったりした。この半年は、アートディレクターという役割を制度化したり、デザインイベントをペパボさんと共催したり、デザイン賞の枠組みを作ったりと、様々な取り組みが出来た。大変だったけど、頑張ったなー。自分を褒めてあげたい。地味な裏方仕事なので誰かが褒めてくれるものでもないから、とりあえず自分で褒めておく。

でも、周りには、僕より大変だったり、頑張った人がいるわけで、それを見ると、自分のやった事なんて大したことないなあと複雑な気分になったりもした。こういう事は人それぞれで、他人と比べてもしょうがないんだけど、まあでもそういう気分なのだから仕方がない。インスタント沼でも観て、気持ちを切り替えよう。水道の蛇口を捻れ。

そう言えば、友人が7年勤めた会社を退職をされたようで、今日が最終出社日だったらしい。彼は、デザイナーとしての高い能力と豊富な経験を元に、数々の若者にデザイナーとしての道を示して来られた。同僚たちに別れを惜しまれつつ見送られる様子をネット越しに見ながら、彼がその会社に遺してきた痕跡の大きさに思いを馳せた。お疲れ様でした。そして、近々飲みに行こう。

そんなこんなで、いろいろありつつも、明日からは新しい期です。

10,000

以前、Koushiki Sansというフォントを作ったことがあって、趣味活動としてウェブサイトを作って配布していたのだけど、気がついたら10000ダウンロードを超えていた。面白がって作った個人的な制作物が、それだけ多くの人に届いたのは感慨深いし、嬉しいし、興味を持ってくれた人たちへの感謝の気持ちでいっぱいだ。

このフォントを公開した時、周囲の知り合い10人くらいが使ってくれればいいかなというくらいの感覚だったんだけど、蓋を開けてみると、日本だけでなく、海外からもダウンロードリクエストが届いて驚いた。海外を意識してものづくりをしたわけではない。日本国内で、日本語の思考回路で作ったものを、日本人を相手に配っている感覚だった。それが、ここから遠く離れた海外の人々の所まで届いた。最初は、不思議だなーと思っていた。

先日、PPAPがギネス認定されたときの記者会見でピコ太郎さんが「あとから気づいたんですけど、歌詞が英語だったんですね。」と仰っていたのを見て、あっ、これだ、と思った。僕も、作ったものがたまたま英語(アルファベット)だったから、勝手に言語の壁を超え、国境を越えて、想像していた以上に遠くまで届いたんだな。これは不思議な体験だったし、グローバルなものづくりって、案外こういう事なのかも知れないなとか思ったりした。

現在では、半分以上が海外の方からのダウンロードリクエストだ。そこには、フォントへの期待や感謝の言葉とともに、どういう用途で使いたいのか、メッセージが添えられている場合が多い。工業製品やソフトウェア、映像作品や音楽のCD、ポスター、グラフィックツールなど、プロフェッショナルの仕事の現場で。ポートフォリオや作品の制作など、未来のクリエーターが才能を研鑽するアートスクールで。カードづくりやカレンダー、アルバムの素材など、家庭の生活シーンの中で。メッセージによると、世界中の様々な場所で、このフォントが使われているらしい。想像するだけで夢が広がる。

フォントはフリーだけど、これを公開した事で得られた経験は、お金に換えられない価値があると思っている。ホント、作って良かったな。

飴とバブ

居酒屋を出る時に、お口直しにどうぞ!と籠いっぱいの飴を差し出されるのはよくある事だけど、今日はそう言って差し出された籠の中にバブが入っていた。

気持ちの良い風呂にでも入って、ゆったりして下さいねという事だろうか。口直しにはならないけど気が利いている。

僕のポケットにバブが入っているのは、そういう経緯によるものだ。

けん玉でリミックスは可能か

けん玉を見ていた。

それはプラスティック製のけん玉で、玉を皿に乗せた時、木のようなコツコツした心地良い音はなく、カチャカチャした騒がしい音が鳴る。そのチープな音をかき消すように、大きな音でボイスが入ったり、ビットレートの低いサウンドが流れたりする。

まるで、安い肉に濃いタレをかけてごまかしている食べ物みたいだ。素材の悪さを強い刺激でごまかすことは、何の解決にならない。

理想的なミュージックけん玉は、けん玉本来の音色も大切にされたい。けん玉の本体には上質な檜を用い、美しい木の響きを大切にしつつ、陽気なDJのカウントアップや多彩なサウンド(ハイレゾ)は、けん玉の音をかき消さないよう位相を調整しつつ、高音質でさり気なく。けん玉から発せられる全ての音が絶妙なバランスで伝わってくるようになれば、それはもう、けん玉を超える新しい体験になるのかもしれない。

結論:素材感が良ければ、ミュージックけん玉はアリ。

ここで出現します

みなさん、Pokémon GOやってますか。レアポケモン見つけると嬉しいですよね。分かります。

この度、デザインイベント界のレアポケモン[要出典]こと川上がService x Designというイベントにゲスト登壇させて頂くことになりました。今回は、紙とWebという切り口のようで、グラフィックデザイナー時代の話も交えつつ、サービスデザインについてお話できればと思います。ご都合があえば、ぜひお越しください。

Webサービスのデザインに携わるようになる前、僕はグラフィックデザイナーをやっていました。当時は紙を媒体としてデザインを作ることが多かったので、Webの世界に飛び込むことは大変ではなかったか、とよく聞かれるのですが、個人的にはそれ程違和感は無かったんですよね。そういうこともあって、紙とWebを対比ではなく連続するものとして、媒体の多様化みたいな観点で語れれば良いかなという気持ちです。

紙もオンスクリーンメディアも、グラフィックもサービスも、どれも楽しいし、全部好きです。Webサービスのデザイナーになってから、グラフィック時代の話をするのは多分初めてで、当時のことを思い出したりして、少し懐かしい気持ちになりました。

HDH

誰かの行動が、他の誰かの人生に影響を与える事がある。

TEDのプレゼンテーションを聞いていると、そのストーリーや志に思わず感情移入し、自分が全く関心なかったテーマでも感動したりする。Appleの新製品発表会は、自社商品を紹介しているだけなのに、とても面白いしワクワクする。これらはプレゼンターの技量によるところもあるけれど、その思い入れの強さや情熱に視聴者が感化される部分も大きいと思う。

もの作りの現場にいると、こういった感動の種は、日常にたくさん潜んでいることに気づく。思い入れやこだわりを持って何かを作る時、そこには多くの成功や失敗が積み重なる。この試行錯誤と創意工夫の物語は、見るものに学びと感動をもたらしてくれるはずなのだけど、普段はプロダクトの裏側にひっそりと存在していて、なかなか目にすることが出来ない。そこにスポットを当てる事ができれば、とても面白いことになるんじゃないか。これがHatena Design Hourを始めたきっかけだ。

このイベントは、作り手が自分のプロダクトについて、こだわりや見どころを語り、皆でそれを聞くという、とてもシンプルなものだ。ノウハウを教えるでもなく、ワークショップをするわけでもないけど、学びがあり、感動があり、デザインがこれまで以上に楽しくなる、そういうイベントを目指している。参加者アンケートで「いますぐ仕事がしたくなった」というメッセージをもらった時は、まさに我が意を得たりという感じでとても嬉しかった。

ところで、このイベント、どういう目的でやっているのか?とよく質問を受ける。採用ですかと聞かれるが、そうではない。敢えて一つを挙げるなら成長支援だと思う。自分の意図や挑戦の過程を振り返り、プレゼンテーションのパッケージにまとめることは、自分自身の糧になるし、何より、思い入れを持って作ったものを、多くのプロフェッショナルたちの前で披露することは、発表者自身にとって大きな刺激となる。

Hatena Design Hourでは、発表する側、それを聞く側、双方向に、学びと感動をもたらす、そういった場を提供していきたい。第3回目となった先日のイベントも、多くの方にお越し頂き、盛況のうちに終了することが出来た。ご参加頂いた皆さん、運営に関わってくれた皆さん、ありがとうございました。